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聖書のお話し『イースターって何?』

イースターエッグの製作活動をお知らせしてききましたが、そもそもイースターって北見幼稚園に来て始めて聞いた方が多いはずです。ということで、イースターのお話ちょっとだけ。イースターは、イエス様が十字架につけられて死んだ後、3日目に復活されたことを記念して行うお祭り、教会が2000年にわたって守ってきた一番大切なお祭りです。死人が生き返るなんて信じられないという方、当然ですが、ちょっとそこに座っててください。聖書には復活についていくつか書いていますが、ルカによる福音書ではこんな風になっています。場面は、十字架刑が行われて3日目です。

「……ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン(園長:約11km程)離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。 イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。 その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」 イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。 わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。 ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、 遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」……」 (新共同訳聖書 ルカによる福音書24章13節〜23節)

 物語りはまだ続きますが、イエス様が死んだあと、師匠を失った弟子たちは、自分の身も危ういし、何をしていいか分からずに人目を避けるように自分の郷里に帰って行きました。その途中で、ある弟子たちはこのような体験をします。私が最も関心をもつのは、このあと弟子たちが、人目を避けるどころか、公衆の前に立ってイエス様の話をはじめることです。何が彼らをそのように変えるのか?そしてがっかりして、田舎に帰って行く弟子たちに、寄り添って歩かれるイエス様の姿です。
こうして、歴史的には世界中に伝道活動が行われていくことになりますが、皆さんにはこの聖書の言葉がどんな風に聞こえますか?
web siteには、きれいに飾られたイースターエッグの写真がたくさん紹介されています。

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